オリンパスの名設計者、米谷美久氏のデビュー作であり出世作。
1700万台を超えるシリーズ累計販売台数の記録は、このカメラから始まった。
オリンパス社のカメラは、米谷美久(まいたに・よしひさ)氏の存在・業績を抜きにして語ることはできない。
米谷氏のカメラ設計・開発の逸話は余りにも有名で且つ伝説となっているので、ここで改めて記述するのは割愛させていただくが、興味のある方はO社のホームページに米谷氏のコンテンツがあるので、そちらを参照されたい。
◎カメラ開発秘話〜オリンパススピリット
http://fotopus.com/dev_spirits/
まず、このカメラを設計する際に
@小型・軽量であること
A使い勝手がよいこと
Bプロの使用(信頼性・耐久性)に耐えうること
C廉価だが「安物」でないこと
D耐久性を犠牲にせずに部品点数を減らす(=部品数が少ない程、故障が少なくなる)こと
を念頭にされたという。
「私自身が欲しい、使いたいと思うカメラを今まで自分なりに工夫し、設計してきた。他社製品に使いたいカメラがあるならば、わざわざ真似して作らなくとも、それを買って使えばいいだけの事だ。」と、生前の米谷語録にあるように、Pen以降も米谷氏は設計の際に、上記5ヶ条をずっと意識されていたらしい。
フィルムの巻上げレバーを廃し、同軸にダイアルを配し枚数カウンターと
連動させてある。勿論、機構の耐久性に全く問題はない。
これらの合理的な設計は、他社のカメラ設計にも多大な影響を与えた。
カメラを小型化するにあたり、35ミリフィルムで通常のライカ判(36x24ミリ)ではなく、映画撮影機材で採用されているライカ判の半分の大きさである17x24ミリの撮影サイズとする事によって、更なる小型化を目指したのである。
フィルムの撮像が小さくすると、どうしても印画紙にプリントする際にフィルム原版からの拡大倍率が大きくなってしまう。そのため、このカメラのレンズは大伸ばしにも耐えうるよう「最高のものを」レンズ設計者に依頼し、カメラの販売価格6000円のうち、約半分がレンズのコストだったという。事実4枚玉の小さなレンズであるが、素晴らしく良く写るレンズである。
絞り値をF8に設定しておけば、遠景なら5m、スナップ撮影であれば2mのクリックに合わせておけば、ピントを外すことはまずない。
製造コストの半分を占めたという高性能レンズ。
D.ZuikoのDは、4枚玉である事を示す。個人的には焦点距離fがcm表示であるのが嬉しい。
販売価格が6000円のカメラとはいえ、とても真面目に作られたカメラで、しかも写りの良さが評判となり、空前の大ヒット商品となったのだ。
製品化の企画会議でO社の役員級である工場長が「6千円の安カメラなんか、俺の工場では作らせない!!」と言い張り、その為に外注先で製造したのだが、空前の大ヒットを目の当たりにして、後になって「自分の工場でも作らせてほしい」と、その工場長が自ら願い出たという。
裏蓋は一体型で、とても頑丈に造られている。
シンプルな構造でコストを削減させても「手抜き」は一切していない。
米谷氏はO社第2設計部から専務取締役まで昇進され、設計の一線から退かれた後も同社顧問として、講演や執筆など精力的に活動されていたのだが、2009年7月29日に米谷氏が逝去されたのを私が知ったのはごく最近で、遅ればせながら名設計者・米谷美久氏に哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。
性 能 表
メーカー | オリンパス写真工業 |
形 式 | 35ミリペン(ハーフ)サイズカメラ |
レンズ・交換 | D.Zuiko 2.8cm F3.5 ・ レンズ交換不可 |
ファインダー | 採光式ブライトフレーム付ファインダー |
シャッター | レンズシャッター COPAL-X |
シャッター速度 | B,1/25,1/50,1/100,1/200 |
製造年 | 1959(昭和34)年 |